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エッセイ



続・人間と金(カネ)についての考察



この千本銀杏二〇〇七年十一月号で「人間と金(カネ)についての考察」掲載以降約九年が経ち、尚一層「カネ」のもつ毒性がましてきた。加えて「IT技術」の深耕によりかつては考えられなかったビジネスが生まれてきた。いずれこの高度・過度に発達・膨張した二つによって人類は食い殺されることがかなり確かになってきたように思えてならない。

カネのもたらす効用の一例は建築物・各種都市インフラ整備であろう。大きくは空港・駅・高速道路を造れば人の往来が大量になり、付随して立派な建物が建ち利用する人々が集まって来る。よい建物の店舗事務所は高く貸せ、良いマンションは高く売れ且つ貸せるのは自明である。更にこれらのものには日常メンテナンスが発生し、とかく「カネ」がかかる。ということは雇用の創出にもつながるので悪い面だけではないが。

その都市における建設の源泉はマネーの過剰による。現地球上にあるマネーの累積は古来より採取した天然資源に技術を投入、加工して付加価値をつけ換価されたものの蓄積である。それらは当然知的科学技術力の裏付けによるものである。一方現代のIT技術がものすごく短期間に進化したのは人海戦術的な面が大きいといえる。また原則人口が増えれば貨幣の量は増える。増やせる前提は現代では発行主体である国家=中央銀行の信用創造で、その基盤は治安政情の安定が最低限であろう。なにせ現代貨幣はほとんどが紙である。最近は電子マネーのジャンルも北欧を中心に一定の量を占めてきた。

ここ数年来とみに情報供給においてカネに関するものが目立ってきた。例を言うと資産運用の大括りにて雑誌テレビ等の広告のこの分野の比率が高くなってきた。また普通銀行・郵便局さえも投資信託債権類の取次販売攻勢はかなりのもので且つ証券会社との境目がなくなってきた。運用にリンクする通貨も多彩となり今はブラジルレアル、南アフリカランド、トルコリラなども組み込まれるようになった。とにかく夜が明けると「カネカネカネ」といった風潮が強くなってきた。

また現代社会では設備・品物・物流等が量も質も密度も圧倒的に増してきたが、その裏打ちはカネによる物理的・IT的整備の成果である。人間は身の回りにいろいろなものがあれば欲しくなる。逆に見たり触れなければ欲望は刺激されない。片や売り手側はマーケテイング手法の進化で欲望を刺激する。その物を入手するには当然カネがいる。マネーの膨張は欲望の膨張である故そこが問題だ。その膨張の副産物で近時日本においても実質的な貧富の差(総中流意識の崩壊)、地域格差が激しくなっており、都心在住者が突出している。

飛躍するがこの原稿執筆時の二0一六年夏頃イスラム系自爆テロが特に激化してきた。その震源はキリスト教下の西欧諸国での膨張した資本主義社会で、その反動のような気がする。イスラム社会は産油国が多く国家保有の石油産業の収益により国民自体が厚すぎる社会給付をうけ、ラクをさせられているエリアがある。しかし全域でそうではないだろうし荒廃した国土でその日の糧に窮している人々も多いと推察する。

とかくこの世の仕組みではどこかに反動が出るようだ。家庭でも大成功者の家族に大病、精神障害、不具が出現することがままあるが、このマネーの膨張の反動の一つに自爆テロというゆゆしきものが生まれたと私なりに仮説をたてた。
またイギリスのEU離脱の国民投票が終わった矢先であり、僅差ながらの離脱決議がこの先どういう影響を及ぼすかは計り知れない。もしかして落ち着くところに落ち着き良い方向に行くことも否定できない。しかしこれが資本主義経済の終わりの始まりのトリガー(引き金)となってしまうことを大いに危惧する。