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エッセイ



モテない男



男という生き物は実にいじましいいところがある。貧富貴賤などは家系伝来的な部分があり、あきらめもつく。現代社会は法律上きわめて平等であるし。容姿(顔立ち・身長の高低・スリム肥満)のコンプレックスは男女共に根深いものがある。その中で男は特に「もてないコンプレックス」が強い。中には関心自体が極端にうすい人もいることはいるが。一口に「モテる」といっても類型はあり、なんとなく異性に人気があるというレベルからズバリ色事師(竿師なる言葉もある)クラスまである。モテる男はそれなりの雰囲気やノウハウを持っている。よくあの人はお金があるからモテると言い自分はお金がないからモテようがないと諦めている人がいる。しかし本当の色事師は(私の身の周りにもいる)最低経費レベルで仕事をしてしまう。その仕事の成就の過程・成果などは本人一身上の資質である。よって私がインタビュー的に聞いても軽い聞き書き程度に留まる。本稿ではそれとは逆に最近自分なりに見えてきた「モテない男」(以下氏という・また逆にモテる男をモテ氏とする)の類型・特徴について(この分析にいたるには自己反省の過程をふんでいる)箇条書きにて羅列の上コメントしてゆきたい。必要上モテ氏の分析も織り交ぜてはゆく。しかし前提はモテ要因の第一である容姿への言及は文章の組み立てが成立しなくなるので棚上げにする。①氏は空気が重たい。なんとなく居ても華やかさも面白みもない。またスマートさがなく、前述「モテ氏」と同じようなことをやってもカッコ良さがない。多分「軽み」にかけるからなのか?同じように女性をほめても気持ち悪がられたりする。ほめる時に意を決するようにするのはダメであり、タイミングのよいダジャレのようでないとうまくゆかない。③これは論外だが氏は汚らしくなんとなく臭い。特段おしゃれでなくても最低限清潔感がありこざっぱりしていないとダメだ。④丁寧すぎるというのも女性からすると、却って敬遠されてしまう。まして「よそよそしさ」感があると更にである。違和感のない「フレンドリー」さが望ましい。そして几帳面すぎるのも敬遠される。女性からすると始終チェックされているように思われかねないからだ。もちろんパーっぽい能天気も困るが少々抜けているところがある方が可愛さにつながることもある。⑤氏にはストーカーの匂いがする。これは氏がせっかく得た関係に固執するあまりストーカーぽくなってしまう可能性がある。そこまででなくても今でいう「ウザい」と思われるのもしかりである。逆にモテ氏は固執しない。ダメなら次をという感じであろう。⑥氏はお金に細かすぎる。女性は基本的におごってもらいたい。なぜならお金がないわけではなく、おごってもらうイコールちやほやされることであり、根源的なる「お姫様」願望を満たすものであるからだ。⑦なにかもったいぶっているような、エラそうな雰囲気を漂わせ、且つ実際いばっているのはいただけない。あまりに自慢話の多いのもひけるが、現実にすごい人で適度の自慢は逆にモテ要因になり得る。また謙遜に過ぎるのも不自然でよろしくない。人があきあきするような自慢はつまらなく、特に女性には嫌われてしまう。男と男より、男と女の関係の方が何となく年齢・階層を超えた平等感があるからだ。⑧多分これが最大要因だと思うが氏には「余裕がない」。
余裕がないとはどういうことか?なんとなく「遊び(心)がなく、「軽み」もない。しいてはツマらないという事になる。また時に「危険(ワル)さがない」ということもある。巧みなモテ氏にはワルな部分に加えてエレガントさと野卑なものを織り交ざっているように思える。やはり、通常人かするとモテるのは高度な芸当であり、むしろモテないのが普通かもしれないので、悲観することは無いと達観するのが穏当なのかなと考える。