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エッセイ



桜についての一考


桜についてのすぐれた歌・論考などはこの世に膨大であろう。それを承知でこのとるに足らぬ一考を書いてみた。この千本銀杏にのるのは、多分桜が散り終わった頃であろうか。芭蕉の句に「さまざまのことおもひだす桜かな」というのがある。

実に芭蕉一流の人間の心理の一片をついたものではある。桜の花は記憶を蘇えらせる何かをもっている。現代社会では開花時期に入学式、入社式、時には統一地方選挙といった節目のものがあり「あの時は・・」を感じさせるちからが桜にはある。

また、長い冬が終わりを告げ、桜を見ると開放感を感じる。しかるにひとは花見で酒を呑む。

小林秀雄の講演録のCD(多分氏が五十台後半から六十台後半にかけて行ったものを再編して新潮社が三年位前に発行)を聞いていたら氏は染井吉野が多いのは明治時代に学校を一斉に多くつくった時に植木屋や管理する側がやり易い安直なものを大量に植えたからである、本当の美しさを求めたものじゃないんだと一喝されていた。

私などはそれを見て頻りにきれいと感心するのはお目出たいのか?

更に本居宣長の「敷島のやまとごころを人とはば朝日ににほう山桜花」に触れ、「にほう」は染まるという意味の方だと言われていた。なるほど朝日になずむ、葉の中に垣間見る山桜の花は美しいだろうし(私は見たことはないが)、宣長は日本人の潔さなどを重ねたことだろう。

平安―鎌倉期の歌集の花にまつわる中核は当然桜で、はなと云ったら桜をさす。紅葉は花でないので次いでは梅であろうがしょせんマイナーか・・いったいこの頃の人々は桜しか興味がなかったのか?いろいろなことを託しやすい存在だからか?小野小町の「はなのいろはうつりにけりな徒にわが身世に経るながめせし間に」しかり。

男は花を女に重ねる。 業平の「世の中に絶へてさくらのなかりせば春のこころはのどけからまし」はその代表格であろう。この頃の歌はいわゆる「ナンパ・口説き道具」である。いかにうまい歌をつくり相手に届け、とっ掛りをつけ女の返歌によって次の出方を謀るかが勝負だったろう。二三度つけて返答なければ脈なしだろうが。

五年ほど前、二年続きで京都に桜を見に行った。それまでは恥ずかしいが紅しだれ桜などの類の美しさを知らなかった。現代の桜は平安・鎌倉のものに改良を重ねていったはずなので彼の時代より我々の方がはるかに贅沢をさせてもらっているのは確かだろう。

存外東北地方にしだれ桜は多い。福島県三春町の滝桜(樹高が一〇メートル近くの日本屈指の巨大桜)の見事さには圧倒された。幹のしめ縄はいかにも日本人らしいと思った。また、昨平成二十三年四月二十日に私ふぜいが会員となる六本木の国際文化会館で薄墨の桜の散りはじめを見れた。

いわずもがな根尾谷の「薄墨の桜」と類似種であろうが、やはり染井吉野とは違った美しさの格を強く感じた。

話が少し戻るが「来し方・行く末」というが桜への想いは「来し方」への回顧の念が強いのはほぼ万人に当てはまるのでは?私の最もすきな歌に「さざ波や志賀のみやこは荒れにしを昔ながらの山桜かな」(平忠度・千載集ではよみびと知らず)がある。桜は咲いても旬日をいでずして散る。梅よりずっと短くあきらかに滅びの美学・無常観を感じさせる。

私見だがこの歌のポイントは志賀・荒れ~しか・あれ(ああ、このようなさまにある)というところではなかろうか?追想(回顧趣味の気)―境遇の現状認識―無常観をほのめかしている点で秀逸だ。

ひとがいればひとの数だけの桜観がある。ユネスコの世界遺産の登録に富士山をエントリーするそうだが、ある意味では日本人の心象にすりこまれている点では同じような意味をもつのではとの念を強くした。