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エッセイ



通すフィルター


 
我々人間は目をあければ何かが見えている。だが実は何も見ていないことも多い。

見ようと思って見ると見えるものもある。見ようと思って見て実際見たがあとで思い出すと意外とイマジネーションできない場合もある。

見たい対象をある一点ないし二点ほどに絞りこむと記憶・印象は鮮明になる傾向が強い。加えて匂いや音といった付属要因が伴うともっと強くなる。究極は五感の駆使といえる。こういったことは科学的に相当研究されている。

現ネット社会(システム)の最大の真骨頂たる道具(トゥール)に検索エンジンというのがある。キーワードを一つから三つ位打ち込む(いわば絞込み)とたちどころに関連の項目の見出しが表示される。自分の名前を打ち込んでみると出てくる方も多い。有名人になると何万項目も該当(ヒット)する。

言いたいことは人間の頭は興味を一つに絞ると今まで拾えなかった情報を相当拾える機能があるということだ。

私の卑近な一例を示すとここのところ、仕事関連で床屋との接触が複数あった。そうなると脳のどこかに「床屋」というキーワードが無意識にインプットされていて、道を歩いているとこんなところに(裏通りにも)床屋ってある、意外と数多くあるんだと気付く。また、最近行った旅行先の関連のことも行く前に比すと拾い易くなっている。

これに限らず今興味をもっていることに対してはキーワードが自ずとインプットされているので容易に情報を拾い易い。 また絞り込む作業に重ねて無意識に何らかのフィルターをかけて見ていともいえる。フィルターをキーワードと区別するのはフィルターというのはその人の思考全域にわたっているのでキーワードというレベルではないという意味で使う。

具体的に「金」というフィルターが潜在意識に強くかかっている人は「金」自体が好きなわけで損得や儲けのネタに敏感(即応)だ。多分「金」がかかわってくると脳波のどこかの流れがピピッとくるようなものである。逆に無頓着な人は「関連項目」を拾う力が弱いわけだ。

あと当然代表的なフィルターは「色情」である。このフィルターの濃い男は向こうから「イイ女」が来ると脳波がピピッと刺激されアドレナリンのようなものが分泌される。無頓着な人はまるで感じない。かつて感じたが今は感じないという方もいるが・・・

一方これらフィルターは「偏見」(俗に云う色メガネ)と入り交じっていよう。悪い分だとそのものを実態以上に悪い方に恣意的に見てしまう。逆に対象に対して、無意識の好意や真心を感じていたらまったく逆に作用するだろう。「ブランド」に対するイメージはその類型といえるだろう。

一般にフィルターの色が濃くなるのは対象物に客観性が低いという傾向があるし、色が濃いほど塗り替えるのは簡単ではない。しかし、ずっと感じ悪いと思っていた人がよく付き合うとなかなか良い人だったりすると、ある時点でさっと塗り替わったりたりする。

大きな意味では民族全体にかかっているのは民族性になるし、その時代特有の「空気」は文化性に重なると言える。太っているのは現代社会では芳しくないことという(偏見的な)フィルターがかかっているが、太古では肉体の豊満さは経済の豊かさと類似であるゆえフィルターの色は反対系だろうしそのほうが動物的本能には素直であろう。

まず、人間などという生きものの思考は本能にも反するご都合主義に支配されているものだ。